2010年11月3日水曜日

2010年3月7日 苗場

苗場に行きました。
なんで苗場にしたんだっけ?
天気が良さそうだったので久しぶりに頂上の筍山に登りたかったから?

朝4:30発、8:00着。天気は晴れ。
頂上行けそうだ。

ちょうどジュニアのJapan Cupが行われていた。
前走に木村公信と大瀧龍一の姿があった。
雪が柔らかいうえに、GSなのにセットが細かいジュニア用。
流石のワールドカッパーも苦労していた。

頂上には2回ほど行った。
天気がいいので頂上から眺める景色もGOOD。
でも滑るには特にいいところではない。
深雪じゃないと物足りないのかも。

来る時は混雑はなかったが、帰りは高速全体が渋滞。
17:30苗場発で自宅には23:30着。
やれやれ。

2010年2月20~21日 2月合宿@片品

毎年恒例の片品での合宿。
りりこが2級合格。
私は風邪気味、初日の講師&検定ジャッジで体力消耗。
いい天気だった。

2010年10月16日土曜日

指導員研修会(在京理論)

本当は先週3連休に参加するはずだったが、
雨で子供の運動会が延期され参加できず、今日参加してきた。

今日の講師は平沢先生と皆川賢太郎選手。
■平沢先生オーストリーの状況はよくわからないのだが、
最近発行されたオーストリーの教程本を読んでみた。
でも何を言いたいのかさっぱり分からない。
オーストリーのインストラクターは国家認定の教師だが、
昔認定された教師も多く、最近の多様化しているスキーヤー
に対応し切れていないのではないかと思う。
スキーの技術(だけに限らないが)は、多様化(分化)と
単純化(統合)を交互に繰り返し、スパイラルアップしていく。
オーストリーは今多様化の中にいる。やがて単純化が
おこってくるだろう。
同じことが日本にもいずれやってくる。

わたしが尊敬するのは。猪谷六合雄、三浦敬三、三浦雄一郎。
猪谷さんはプルークをやらずにはじめからパラレルを教える
ために志賀高原にゲレンデをつくった。赤城にはジャンプ台を
7つも作った。
敬三さんは昇進を捨てて八甲田に残った。八甲田の雪を滑る
にはつま先荷重ではなくかかと荷重が適していることを説いた。
本も出した。
雄一郎さんは、指導者としてではなく冒険家を選んだ。
ドルフィン技法を考案した。

指導員の皆さんは、なぜライセンスを取ったんですか?
私は少しでもうまくなりたくて取った。
18歳までは文科系だった。19歳のときに格好いいなと思い
スキーを始めた。
みなさんもリフト沿いを滑ると上手くなったような気がするでしょ。
「気がする」がいいんです。

(平沢さんのDVDを視聴して)
この技術をバイペダリング・クロスターンと名付けた。
歩行は片足ずつが連動している。
常に両足それぞれは止まらず動き続ける。
足首の動きが重要。
坂道を歩いて下るときの要領で滑る。
(言葉ではイメージできないと思う。でもDVD見ても良く分からない。
最近SAJでは股関節がキーワードだが、平沢さんは足首を強調していた。)

頂点を目指してもだめ。頂点はその時点で既に古くさいもの。
(その時点の)頂点を追うのではなく、その先の理想を追うべき。

■皆川賢太郎氏
森幸さんとのトークショー形式で45分。

エッジは84度くらい。
メダルは4年に3人だけがもらえる、そう簡単には取れない。
オリンピックの閉会式は新婚旅行みたいなもんだったでしょという
人がいるが、こっちはそれどころじゃない、真剣勝負してるんだ。
奥さんと一緒にいる時間は少ない。
スキーの話はあまりしない。時々奥さんからアドバイス求められる
ことはある。
森「モーグルから参考なることはあるか?」皆「う~ん、ない」
コブなら全日本に入れる自信はある。でもエアは無理。
250日くらいは遠征なので会えない。奥さんも遠征でいない。
技術選のジャンプ台は思った以上に難しかった。
(膝を怪我しているので)コンビニでは下の段の商品は取らない。
同じ怪我仲間では「そうだよね~」と共感しあっている。
好きなスキー場はウィスラー。この前途棄したけど。
今シーズンは日本に残って、できるだけ多くのジュニアと
一緒に滑りたい。

などなど、膝の怪我、WCやオリンピックでの競技の様子、
奥さんとことなど当たり障りない話だった。

2010年7月23日金曜日

洗濯

実はシーズン中、ずぅぅっと、ウエアが臭くて汚くてうんざりだった。
でもクリーニングに出すと結構な出費。

去年は重曹で手洗いしてみたが、撥水どころか超吸収性を発揮。
この際だから新しいウエアを買おうか?(本末転倒)

というときはネットで同じ悩みの人を見つければいいわけで。
こんなのを衝動買い。



イギリス製で、緑の容器が洗剤(1280円)で、青が撥水剤(送料込1925円)。
洗濯器で洗って、バケツで撥水剤に漬け込むのが基本っぽい。

とりあえず緑の洗剤で洗ってみた。
劇的にリフトの油汚れが落ちるわけではないが、
着るのが嫌になるような汚れや臭さはなくなった。
そしてほんの少しだが撥水効果が回復。

さて次は撥水剤を試そう。
絶大な効果を期待…。

===>>> 
その後、撥水剤を試した。
昔小学校の時に掃除で床に塗ったワックスのような感じの液体。
手が少しべたつく感じ。

ウエアに試した効果は・・・そこそこ水を弾くが擦ると染みていくようだ。
実際に自然の中でどの程度の効果を発揮するかは未知数。
とりあえず全部のウエアに処方完了。

それから1Lのお徳用も購入。
1,2シーズンはもちそう。

それからそれからちょっとショック。
300ml容器のみだが、オーソリティにも陳列。
洗剤は100円くらい、撥水剤は500円くらいオーソの方が安かった。
そんなこともあるのね。

2010年4月30日金曜日

2010年2月13~14日 都下スキー大会(宝台樹)

今年の宝台樹は積雪も十分、天候も良く、バーンも適度な硬さ。
しかしシーズン前の情報では今年は隣のスラロームコースを使用できるはず
だったのが、1月ほど前にコース変更、去年と同じコースで実施することになった。
去年の雨での大会の記憶もあってか、出場者は2/3程度と少ない気がする。
噂では来年は菅平の大松山に会場移動するらしい。
温泉含め今年が最後の宝台樹となりそう。
(そう言えば宝川温泉も客層ににぎやかさがなかったのは偶然か?)

この写真は大会2日目のGSコースの様子。
斜面上部の左側からスタートして、右に直角カーブして正面の斜面へ。
去年よりコース長が延長されたとはいえ、やはり短く30秒ちょっと。

SLは去年より上達したはずだが、全体的にズレながらのターンで、
スピード感に欠け、一定スピードで加速感は微塵もない。
2本合計タイムが1:12:95で、男子3部で4位。
GSでは福田氏から頂戴したElan gsx 188cm(07-08モデル)を始めて使用。
今一外スキーが逃げてしまうため、外脚荷重だけを意識して滑った。
予想通りGSが直角ターンで失速、その後も外スキーに乗り切れず…。
2本の合計タイムは1:06:84で、男子3部で3位。
何と初のメダル獲得!!
コース変更あり、参加者減少…と悪いことだらけの都下大会だが、
唯一SLができる大会でもあり、個人的には大満足なのだが…
来年は大松山…コース的には文句ないが、温泉もないしなぁ~。
でも来年もメダル獲得めざしてがんばろう。

2010年2月6日 丸沼

論文のお手伝いも佳境となった今日この頃、
ここで一発行っておかないと自分自身が崩壊しそうなので
悪天候を無視して冬型真っ最中の丸沼へ。

風が強くゴンドラ運休中。
でも引き返すわけにもいかず、他のスキー場に行っても
事情は同じはずなので、無理矢理リフト券を購入。

リフトで一本上がってみると、なんと高速ペアも運休。
動いているのがのろのろの第2ペアと第3ペア。
やれやれ、リフト券を買うべきだったのか、かなり後悔した。
丸沼20周年?記念でリフト券が食券込みで3900円と格安だったのが救い。

天候は回復せず、逆に風は強くなり、視界も5m程度と最悪。
吹き溜まりで深雪!!と行きたいところだが、向かい風でスピードも出ない。
景色が見えないかあ距離感もなく、平衡感覚もなく、滑り応えもない。
唯一は、バイオレットコースの端の急斜面の深雪くらい。

寒さで体力も限界となり、3時くらいで終了。
帰りのしゃくなげの湯のぬくもりは最高だった。

2010年1月30日土曜日

2010年1月23日~24日 グレーシャーカップ@よませ

今年初めてグレーシャーカップに出場。
場所はよませ、宿はNEC府中の方にお願いしてケルンに宿泊。
前日金曜日の夜8時過ぎに家を出て、naoさんを拾い、12時半に宿着。
現地は雪が降っていて、きっと明日は柔らかいバーンでのレースとなりそう。



翌日は雪も止み、天気は最高。でもバーンが柔らかく、気温も0度前後で
自分の番が来るころにはホレホレになっていること間違いなし。
まずは前走の上手い人たちのお手本滑り。
流石の彼らもこの軟雪に手を焼いている模様(でもほんの少し)
さて私の番。
しかし運の良いことに、私の直前の人の時に計器トラブル発生。
5分以上レースが中断し、コース係りの人たちが丁寧に荒れた個所を直してくれた。
実際滑ってみると深い溝になってはいたが、膝に振動が伝わるような凸凹はなく
快適に滑ることができた。でももう少し内側を攻めることができたら良かったが
後の祭りである。
結果はトップと3秒差の34位(169人完走)。
2日目は初日よりはバーンが締まり滑りやすかったはずだが、守りの滑りをしてしまった。
結果はトップと5.5秒差の71位(194人完走)。
レース終了後、某F氏から指導を受けた。
長年の謎、自分の欠点がようやく理解できた。
切り替え時に山側の足に重心が残ったままだった。
だから切り替え前後で板がズレ落ちていたし、
切り替えで「ヨイショ」しないといけなかいという違和感があったし、
谷周りがなくすぐ板が下を向いていたわけだ。
エッジは雪面に対してフラットに戻さず(地球に対してフラットにし)、
重心(腰)を谷スキーの上に十分移動させ(いわゆる外向傾になる)、
そのあとで膝を返すことでエッジを返していく。
頭では謎が解けた、あとは実践のみ。