2010年10月16日土曜日

指導員研修会(在京理論)

本当は先週3連休に参加するはずだったが、
雨で子供の運動会が延期され参加できず、今日参加してきた。

今日の講師は平沢先生と皆川賢太郎選手。
■平沢先生オーストリーの状況はよくわからないのだが、
最近発行されたオーストリーの教程本を読んでみた。
でも何を言いたいのかさっぱり分からない。
オーストリーのインストラクターは国家認定の教師だが、
昔認定された教師も多く、最近の多様化しているスキーヤー
に対応し切れていないのではないかと思う。
スキーの技術(だけに限らないが)は、多様化(分化)と
単純化(統合)を交互に繰り返し、スパイラルアップしていく。
オーストリーは今多様化の中にいる。やがて単純化が
おこってくるだろう。
同じことが日本にもいずれやってくる。

わたしが尊敬するのは。猪谷六合雄、三浦敬三、三浦雄一郎。
猪谷さんはプルークをやらずにはじめからパラレルを教える
ために志賀高原にゲレンデをつくった。赤城にはジャンプ台を
7つも作った。
敬三さんは昇進を捨てて八甲田に残った。八甲田の雪を滑る
にはつま先荷重ではなくかかと荷重が適していることを説いた。
本も出した。
雄一郎さんは、指導者としてではなく冒険家を選んだ。
ドルフィン技法を考案した。

指導員の皆さんは、なぜライセンスを取ったんですか?
私は少しでもうまくなりたくて取った。
18歳までは文科系だった。19歳のときに格好いいなと思い
スキーを始めた。
みなさんもリフト沿いを滑ると上手くなったような気がするでしょ。
「気がする」がいいんです。

(平沢さんのDVDを視聴して)
この技術をバイペダリング・クロスターンと名付けた。
歩行は片足ずつが連動している。
常に両足それぞれは止まらず動き続ける。
足首の動きが重要。
坂道を歩いて下るときの要領で滑る。
(言葉ではイメージできないと思う。でもDVD見ても良く分からない。
最近SAJでは股関節がキーワードだが、平沢さんは足首を強調していた。)

頂点を目指してもだめ。頂点はその時点で既に古くさいもの。
(その時点の)頂点を追うのではなく、その先の理想を追うべき。

■皆川賢太郎氏
森幸さんとのトークショー形式で45分。

エッジは84度くらい。
メダルは4年に3人だけがもらえる、そう簡単には取れない。
オリンピックの閉会式は新婚旅行みたいなもんだったでしょという
人がいるが、こっちはそれどころじゃない、真剣勝負してるんだ。
奥さんと一緒にいる時間は少ない。
スキーの話はあまりしない。時々奥さんからアドバイス求められる
ことはある。
森「モーグルから参考なることはあるか?」皆「う~ん、ない」
コブなら全日本に入れる自信はある。でもエアは無理。
250日くらいは遠征なので会えない。奥さんも遠征でいない。
技術選のジャンプ台は思った以上に難しかった。
(膝を怪我しているので)コンビニでは下の段の商品は取らない。
同じ怪我仲間では「そうだよね~」と共感しあっている。
好きなスキー場はウィスラー。この前途棄したけど。
今シーズンは日本に残って、できるだけ多くのジュニアと
一緒に滑りたい。

などなど、膝の怪我、WCやオリンピックでの競技の様子、
奥さんとことなど当たり障りない話だった。

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